国清汁について

平成29年7月31日で閉館・営業を終了します。

幻の精進料理、国清汁を味わいましょう

国清汁けんちん汁(建長汁)はご存知でしょうが、こくしょう汁(国清汁)はどうですか?

建長汁も国清汁もそのルーツは精進料理です。
建長汁は一般に普及したこともあって肉類が入りますが、国清汁は精進料理の約束事を今でも忠実に守っているため肉類は使いません。

一般に普及することのなかった国清汁は地元ですらで調理方法を知る方がきわめて少なくなりました。

駒の湯源泉荘では国清寺の兼務住職である黒石 住職のご指導のもと、調理方法の伝承と現代人の味覚にマッチした味付けを研究し、各種イベントなどを通して細々と普及に努めています。

一部に国清汁は精進料理なので美味しくない! これは誤解です。 

おいしくないのは、作り方が悪いのか?材料の質が悪いのか? 

現代人の舌を満足させるには食材をしっかり吟味することが重要です。

手間ひまかけた本物の国清汁は、とても美味しくいただけます

国清汁(こくしょうじる)の由来

鎌倉時代中期、中国からの渡来僧、蘭渓道隆禅師(1213~1278)は北条時頼の招へいにより中国五山の第一経山万寿寺(きんざんまんじゅじ)を模して鎌倉に建長寺を建て、禅の道場として隆盛を極めました。
その後、北条時宗の代になり同じく中国から無学祖元禅師を迎え円覚寺を建立しました。鎌倉時代末期から室町時代にかけて建長寺・円覚寺を中心に関東禅林の礎が築かれました。

国清寺応安元年(1368)関東管領上杉憲顕は、円覚寺開山無学祖元禅師の法孫無擬妙嫌禅師を拝請し、中国の天台山国清寺さながらに、奈古谷に大々的修行道場として国清寺を創建しました。そして、足利義満の時代には関東十刹の一つに加えられました。
このことからみても、往時の国清寺がいかに盛大であったかが想像できます。

鎌倉時代の建長寺に醤油仕立ての建長汁(けんちんじる)があり、同じ法脈の流れで韮山奈古谷の国清寺に味噌仕立ての国清汁(こくしょうじる)ができたものと考えられます。

現在の専門道場でも斎会・授戒会・接心会・人よせの時、建長汁、国清汁を出しますが、もともとは道場で大衆に出した残りの野菜、大根人参ゴボウ等の頭のところ、皮などをもったいないとして油で炒め具だくさんの汁として食したものだと言われています。

古来、禅道場では質素を旨として一汁一菜が基本ですが、その中であっても「油断」といって油を断つことは危険で修行するための身体を保つため油をとることは認められていたようです。現在では精進料理の一品としても作られますが良質な昆布、鰹節、しいたけ等を使用することで、高級な汁ものとして珍重な一品になります。

また、米のとぎ水を混ぜることで味に深みが出るので入れることもあります。

ここ韮山奈古谷の国清寺を起源とする国清汁が全国の禅宗寺の料理、また精進料理の一品として今に伝わっていることは、国清寺に関わる者として誇りに思うと同時に見直し普及していかなければならないと思います。

平成14年7月20日
国清寺 兼務住職
黒石 徳 翁


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